止幾の和歌俳句 黒澤止幾(とき) 日本初の女性教師

止幾の和歌俳句

黒澤止幾が文学に志して、初めて俳諧を学び、狂歌を修め、さらに漢詩にまで手を染めたのであったが、同郷の志士、加藤木賞三から勧められて和歌に転向したのは、1847年〜48年ごろであった。

既に、俳句から狂歌に入り素地のあるところへ和歌を始めたので、上達も早かった。
10年程で相当の自身もついて、斉昭の雪冤運動で上京した際の『京都紀行』にも30余りの和歌を書き記している。しかも、献上の長歌をもってその志を達したのである。
すなわち、止幾は、主君のため国のために微力ながら尽くそうとする一片の真心を盛る器として和歌を活用したのである。献上の長歌は、止幾が渾身(こんしん)の力を尽くして綴った勤皇の真心の結晶である。

ここから、止幾の短歌と俳句を概観するために、紹介したい。
次の記事を見てもらいたい。
posted by TOKI at 19:18 | Comment(1) | TrackBack(0) | 止幾の和歌と俳句
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Posted by モンクレールレディース at 2014年12月26日 14:54
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